B-STYLE

[身近なモノの取合せで暮らしを満喫する]  [時の経つのを楽しむ] [偶然を味方にする] それらをBスタイルと呼ぶことにしました。

2012/08/05

チェスとの航海

[文具からチェスを作る] 1994年、婦人誌「ヴァンテーヌ」の装丁をしていた松田行正から、企画ページを連載しようとの誘いがあり、”アートな生活”をテーマにした「サプライズ」という紙面を企画制作する事になった。私のチェスはここで生まれる事になる。チェスとの航海の始まりだった。

どうしてチェスの案を思いついたのかは忘れてしまったが、企画では、読者自身がアートを作り、インテリアとして楽しんだり、遊んだりできる事が重要だった。チェスのアイデアは、そのとき浮かんだ多くの案の1つである。

身近にある物を粘土に押し付けて凹みをつくり、そこに何かを詰め込むと、はがした時に感動がある事は子供の頃から知っていたが、この方法でチェスという6種類の駒を作るのにはデザイン力が必要とされる。それは押し付ける物を選別する事から始まり、凹んだ形から凸形を想像する能力まで必要とされるのだ。

しかし実際に作ってみると、そんな事は忘れてしまうほど面白い。粘土に複数の文具を押し付けてみると、もとの形からは想像もできない不思議な形が生まれたからだ。私はいくつもの形を作った後、駒にふさわしい形を選ぶ事にした。このアートについては、まだまだ展開の余地があると思っている。

[3DCGのチェス] 1997年以降、私はCGアーティスト団体「ディジタル・イメージ」に参加して、国内、国外の展覧会に作品を発表してきた。作風はシンボリックな物語風3DCG静止画といえるかもしれないが、作品制作というものは、常に同一テーマを続けるわけではない。テーマに疑問を感じたり、その結果、未知のテーマを試みたりする事は度々ある。これは近代になってアーティストが依頼者なしで(自由人として)作品制作をするようになったがゆえの宿命である。

そんな折、時には過去の制作物を振り返ったりもする。CG作品「チェスボックス」は、以前制作したオブジェのチェスをCGによって、より洗練されたチェスにしたいと考えて制作した静止画である。CGらしさを強調し、むやみに質感を与えない点はそれまでの作品と変わらないが、物語性を排除したのだ。


[デジタル作品の経年変化] CG作品を作り始めてからずっと考えてきた事のひとつに、デジタル作品の経年変化がある。世の中のあらゆる物が時とともに古くなり朽ちてゆく中で、デジタル作品だけが制作された時点のままである。我々、日本人には朽ちてゆく物の中に美や安らぎを感じる”わび”、”さび”の感覚があるというのに、デジタル作品はそれを提供できないのか・・。

版画のようにプリントされた作品は紫外線の影響を受け褪色が進む。耐久性の弱いインクから順に色を失ってゆく。紙質も影響を与える。しかし現在この速度はあまりにも早い。
そんな事から2003年にはデジタルデータをフィルム化し、印画紙に焼くという写真の方法を試みている。”赤頭巾シリーズ”(個展 札幌市資料館 )である。写真の持つ20世紀的劣化速度に憧れたのであった。

[CGデザインと木工製品] 作品に経年変化を与える原因は、なにも紫外線だけではない。人が作品に触れたり、作品同士がこすれ合ったりすることでも変化は生まれる。人が長年使い込んだ物がかもし出す質感には趣がある。CGでデザインしたチェスを木工製品化できないかと思い始めたのは2009年である。木工の専門家、氏家陵に3DCGの形状データを研削機に送り、立体化する構想を相談したところ、形や大きさによっては可能である事が分かった。さっそく専用データの作成に取りかかった。

元のチェスデザインには加工に向かない形状があり、再度デザインを行う必要があったからだ。またCGでは必要の無かった事だが、駒を持った時の触り心地を考慮したプロポーションにした。木製チェスの製作はすべて氏家に依頼した。試作の段階では可能に思えた作業も、実際には形状が小さ過ぎたり、接合の方法が困難だったりと次々と問題が生じた。結局デジタルデータは用いず、寸法に合わせてすべて手で作る事になった。それは工芸品を仕上げてゆくような作業だった。

[木のチェス] 2010年7月、約1年を費やして全駒の半分にあたる黒駒16個が完成した。この間、何度もトライ&エラーがあった。元々この木製チェスは氏家陵の工芸作品から思いついたものだ。実際に出来上がってみるとCGには無い自然素材の温かさある。使い込んだ姿を思い浮かべるだけでも楽しくなってくる。16年前、文房具を粘土に押し付けて作ったチェスは、CGの世界を通過して木の世界に到着した。とりあえず次の目的地が見つかるまで、ここで停泊としておこう。(敬称略)

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